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昔の狛江の農耕儀礼カレンダー [民俗]

年中行事は作物の豊饒を祈る予祝儀礼、収穫儀礼、災害除けの鎮送呪術など、生業と深く関連している。

(1)冬至(12月下旬):太陽の力が一番弱まる冬至は、農耕儀礼の出発点である。狛江では冬至日待といって冬至の前夜、二十軒位が当番の宿に集まって南瓜(冬至とうなす)やソバ、小豆粥を食べて夜明かしをした。

(2)七草(新暦又は旧暦17):なずな、小松名、蕪、大根、人参、ごぼう、餅、里芋等を入れた七草粥を食べる。青虫に刺されないという虫除けの意味がある。

里芋をかつて主食とする時代の予祝儀礼の意味もあろう。

(3)もの作り(新暦又は旧暦114):豊作を予め祝ってしまう予祝儀礼である。

①マユダマ(マイダマ,メイダマ):餅や米を挽いた粉で繭の形の団子を作り柳,,ソロ,欅などにさす。神棚,床の間,床の間,長押,大黒柱等に飾る。狛江では昭和初めまで養蚕が盛んだったが、廃れてからは、里芋など野菜の形をした団子やミカンをさすようになった。

②アワボーヘーボー(粟穂稗穂):ニワトコの枝の皮を剥いたもの(アワボ)と剥かないもの(ヒエボ)を作り、神棚に供えたり、竹にさして長押,床の間,ツクテ(堆肥置場)に立て、来年もこうなる様にと唱える。

③セエノカミ(賽の神)11日頃から子供達が年末の煤払いの孟宗竹を心柱に正月の松飾,神札,だいこんじめ等と藁で円錐状の小屋を作り先端に達磨(元は赤い装束)を吊るす。また通行人にお神酒銭をねだる。小屋の内部には炉があり餅を焼いて一晩明かし、14日朝に小屋を焼く。

小屋に泊まる行為はケガレを取り除く忌み籠りを示し、小屋から子供が出てくることで再生(誕生)を表す。また子供は節分の鬼同様、年の変わり目に出現する異型者(農耕神)と解される。小屋のご神体としてドウロクジン(とうじん棒)と呼ぶ20cm位の石臼や男根の形をした石があり、部落間で盗り合うが、これは性的豊饒を祈願している。残り火でマユダマを焼いて食べると蛇除けになるとか灰を畑に撒くと害虫が付かないとか燃えさしの竹を流しの下に入れるヤスデが湧かないという伝えは害虫駆除の鎮送呪術である。また「鍬払い」と言って燃えさしの竹で鍬の泥を落とすと足を切らないと言われる。更に燃えさしの竹で「なるかならぬかならぬとぶった切るぞ」と唱えながら柿の木を叩く。これは「成木責め」と呼ばれ豊饒を願う行為である。

(4)小豆粥(十八粥)(新暦又は旧暦115):前日にニワトコの木で、半分皮を剥き両端を4つ割りにした太い箸(粥かき棒)を作り、小豆粥をかき混ぜて食べる。それを少量とっておき18日に食べると蜂に刺されないと言われる。箸は神棚に上げ、苗代に種を播いた後、水口に立て焼き米を紙に包んで箸の割れ目に挟む。焼き米は鳥の口を焼くと言われ害鳥除けとして行った。

(5)エベス講(恵比寿講)(新暦又は旧暦120):恵比寿・大黒を農神として小豆粥,白飯,ソバ,大根,蕪等を供える。二十日正月(シマイ正月)とも呼ばれ雑煮を食べる。田の神が下りる神事と考えられる。エベス講は1120日にも行う。

(6)節分(23):大豆を炒った火で、「よろずの虫の口を焼く」等と唱えながら豆柄にさした鰯の頭を焼く(ヤキカガシ)。それを柊やサンショウの枝につけてトンボグチ(戸口)にさす。焼いた臭いと柊のトゲが虫除けになると言われる。本年越しと呼ばれソバを食べる。

(7)稲荷講(旧暦又は新暦2月上旬):お稲荷さんが稲を咥えて来ると言われ、田の神,生業の守護神として赤飯,小豆粥等を供える。また当番の宿に泊まってソバを食べる。子供達は前日、丸太を組んで筵をかけた小屋を作り煮炊きをして泊まる。これはセエノカミの小屋同様、忌み籠り,農神(子供),再生を表わすと考えられる。

(8)お釈迦様の日(灌佛会,花祭り,卯月八日) (48

):草団子,草餅を作る。寺で貰う甘茶は、家の周りに撒くと蛇除けになり、毒虫に刺された時の薬にもなる。この日、半紙に虫除けの歌を書き便所に貼る家もある。本来、山に入って花を採って来る事で、山の神を田の神として里に降ろすという意味があり、農耕開始の目印となる。また、農家のアスビ日とされ、神の日として田に入る事を忌む。

(9)節句(55):苗代に種を撒く日であり、残った種籾は炒って焼き米を作り半紙に包んで水口に供える。蛇除けとして菖蒲,蓬を軒先,入口にさし、柏餅を作る。この日から35,49日目の田植を忌む。

10)雹祭り(524),氷難(622):各神社で雹除け祈願の鎮送呪術が行われる。

11)マンガ洗い(7月初め)(農上がり,田植正月):田植の終了後の休日(農家のアスビ日)。エイ仲間で祝う。

12)夏上がり(720)(ソウゴ上がり,ノゲ振い):田の草取りも済み農作業が一段落する休日で、前後合わせ三日正月とも言う。嫁が里帰りする。饅頭,うどんを作る。

13)雨乞い(7月末~8月上旬):大山,井の頭にお水を貰いに行く。藁を束ねて竹の棒を通し、頭に御幣を付けた梵天を川に入れ、貰ってきたお水をかけ、更に川の水を「サンゲ、懺悔、六根清浄」と唱えて村人で掛け合う。

14)迎え盆(8月13):庭先,仏壇の前等に、四斗樽に餅ののし板や雨戸をのせ、四隅に青竹を立てた盆棚を作り、きゅうり・なすの馬、みそはぎと賽の目に刻んだなすを里芋の葉にのせて供える。里芋の収穫儀礼も表すとみられる。夕方、お精霊さまを墓に迎えに行く。松明を墓にかざすか、蝋燭を墓に灯して家に近い辻で迎え火を焚き、「この明りでお出で下さい」と唱える。その火で盆棚に線香を灯す。焼畑の火入れとの関連が窺える。

15)お棚まいり(814):留守まいりとして墓参りする。うどん,そうめん,饅頭を供える。

16)送り盆(815):送り火を迎え火を焚いた辻で焚く。オミヤゲダンゴを作り、夜遅く火を焚いた辻になす・きゅうりの馬と共に置く。馬は墓に供える所もある。

17)風祭り(817,28,31日等):各神社で風水害のないことを祈念、祈祷する。野菜,果物,米を供える。

18)十五夜(旧暦815),十三夜(旧暦913)

豆腐,団子,饅頭,ぼたもち,ススキ,ガマスミ,さつま芋,里芋,,,栗等を供える。畑作の収穫祭に因むと見られる。

19)八朔(91):新しい小麦粉で饅頭・ソバを作る。

20)荒神様のおたち(1031):荒神様はかまどの神様である。狛江市立古民家園の荒井家主家(江戸末期の様式の復元)ではヘッツイ(ご飯を炊く釜)の上部の天井との間に、柱に小さい棚を設けて、斜めに太さ均等の牛蒡注連を張って祀っていた。36人の子供がいると言われ、出雲へお立ちになる荒神様に、南天の葉を敷いた枡に入れた36個のオカマノダンゴやボタモチ、お立ちソバ等を供える。田の神が山に戻る事を表わす。

21)亥の子(119):神棚,流しの棚,大釜の蓋,茶箪笥,大黒柱等にボタモチを供える。大根が大きくなるよう願い、大きなボタモチが棚から落ちると良いとされる。また、ボタモチを持って大根畑の周囲を歩く。ボタモチを食べたくて大根が首を伸ばすという。

22)刈り上げ(11月中旬):稲刈り終了後の祝い。ボタモチを神棚,鎌等に供える。ソバ,小豆飯,小豆粥を食べる。

23)播き上げ(11月中旬):麦播きを終えた日。あんころ餅(ジダイ餅,ジンダ餅),大根おろしを入れたカラシ餅,粟入りのボタモチ等を作る。

24)荒神様の中帰り(1115):荒神様が1日様子を見に帰る。里芋,ヤツガシラを供える。稲作以前のタロ芋系の儀礼の名残りとも考えられる。

25)荒神様のお帰り(1130):小豆飯,ソバ,小豆粥にうどんを入れたドジョウ粥を供える。荒神様の棚の前に置いた焙烙で藁を焚き「この明かりでお立ち下さい」と唱える。

 

[参考資料]

・和歌森太郎著「日本民俗学」弘文堂 1953

・河岡武春著「講座日本の民俗5 生業」有精堂1980

・福田アジオ・宮田登編「日本民俗学概論」吉川弘文館

1983

・狛江市教育委員会編「狛江市の民俗Ⅱ」狛江市教育委員会 1986

・東京都教育委員会編「東京の民俗5」東京都教育庁社会教育部文化課 1988

・狛江市企画広報課「狛江語りつぐむかし」狛江市1990

井上孝著「今はむかし 広報こまえ掲載」井上孝 2002

・井上孝著「ふるさと狛江 地域活動で生まれたふるさと狛江」井上孝 2003   ・中島恵子著「変わりゆく年中行事[複製版]狛江市立中央図書館 2005年 原資料:『多摩のあゆみvol.22昭和56215日号』


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