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菌類を崇める話  「蟲師」 [書籍/漫画感想]

蟲師 (7)  アフタヌーンKC (404)

蟲師 (7) アフタヌーンKC (404)

  • 作者: 漆原 友紀
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/02/23
  • メディア: コミック


 本作の蟲師は片目だし、妖怪退治ということで鬼太郎に似てるなぁと思った。また、やはり片目で白髪で銜えタバコ、且つ時代設定が江戸~明治と現代がごちゃまぜの内容に「サムライガン」(の七号丸市松)にも似ていると思った。設定は諸星 大二郎「妖怪ハンター」を彷彿とさせるものもある。もっとも本作品の中で蟲師自身の行動原理だけはよくわからない。どこか世捨て人の冷たい突き放したイメージがあるが、困った人を助けてしまう人情ぶりも持ち合わせ、決して金銭の損得だけでは動いておらず話ごとに異なった、ストーリー上都合の良い矛盾した人間として描かれている。
 当漫画に出てくる”蟲”が昆虫よりも植物系(菌、竹、稲、蔓)と思われるものが多いため一番最初に思い出したのは「ケサランパサラン( ケセランパセラン)」である。
「東北地方を中心に江戸時代から現在に至るまで語り継がれている謎の生物。見た目はフワフワした白い綿毛のようで空から舞い降りてきて幸福を招き、白粉を食べて大きくなると言われている。ケサランパサランを箪笥の奥にしまっておくとその家に幸福をもたらすと言われており、東北地方の旧家などでは娘が嫁に出るときにケサランパサランを母から娘へと小分けする風習がある。 最近では1970年代後半にケサランパサランを飼うことが全国でブームとなったことがあり、その時はケサランパサランは何でも願い事をかなえてくれるが、一つの願いをかなえるたびに一匹ずつ消えていってしまうとされていた。 一説によるとタンポポモドキの冠毛だと言われている。他にも柳の種子の綿毛や獣の胆石・腸内結石、毛球や綿虫といった多くの正体が囁かれている」(ウィキペディアより)
流行した頃は、NHKでも取り上げられ、「ファンデーションでも飼えるの?」(爆)などとという質問に出演者が真面目に答えていた記憶がある。
私も建て替える前の木造の実家でケサランパサランらしきものを見たことがある。当時の家には西北の角部屋の中二階の和室があり、その畳の上に五百円玉ぐらいの綿毛のような物がぽつんと落ちていた。たんぽぽの綿毛に似ているがもっと大きくて、中心から均等に毛がまっすぐに生えた円形で、茎の様なものはない。ただ当時テレビで紹介していた物よりは毛の密度が薄いためケサランパサランではないかもしれなかったが、怖くて捕まえることはできなかった。2、3日は居たように思うがしばらくしたら姿を消していた。当時、私の部屋も西北の角部屋で金縛りにもよくあったし、霊らしきものも見たことがある。コンクリートに建て替えてからはそういう現象は全く感じなくなった。何か方角や家の作りが関係しているのではと勝手に思っている。

 次に思い出したのは”憑きもの”の話である。作者も合間に狐の話を載せていたが、この漫画を読んで作者は西日本の生まれではないかと最初に感じた(後で中国地方出身であることを作者自身が書いていたが)。というのも話の内容が、蟲の取り付きが一過性のものでなく一定の家筋となって伝承される事が多いからである。
 民俗学を学んだ方には釈迦に説法であるが、”憑きもの”とは霊が付着することにより心身に変調をきたしたり、不思議な能力を身に付けたり、時に子々孫々に渡り運命を左右される現象で、「憑く」「使う」「持つ」の3種類に区分されるが、傾向的に山伏など宗教者が憑き物を使って呪詛、祈祷などを行う話が比較的、東日本に多いのに比べ、西日本ではごく普通の農民の家筋に動物霊などが付着して周囲に影響を及ぼす傾向が強い。特に山陰の狐と四国の犬神が顕著である(そういえば水木しげるも山陰の境港出身である)。当漫画の主人公は蟲使いではあるが、宗教者ではなく、しかも一話完結の中で主人公ではなくどちらかというと脇役でキャラが立たない。主役は飽くまで憑き物(蟲)を持つ農民、漁民などである。

動物霊としては狐と犬の他に、蛇(トウビョウ、トンボガミ)や蛭なども多く、当漫画にはこの傾向が強い。山のヌシの話などではヘビそのものが登場するシーンもあった。もっとも狐にしても憑く物とはキタキツネに代表されるようなイヌ科の哺乳類ではなく、その形状は、実際の狐はおろか、お稲荷さんともほど遠いものであり、形は鼠かイタチぐらいで、蛙に似ているという物(静岡のクダ)もいる。前述のトウビョウも地方によっては蛇ではなく狐とする所(山陰)もあり、その境界線は曖昧である。
狐については中部のクダの他にも関東のオサキ、関東~東北のイズナ、山陰のニンコやゲドウ(犬神との説もある)、九州のヤコなどがいるが、特にクダに関しては山伏が竹筒(管=クダが名の由来)に入れて飼って祈祷に用いる話や、クダが爪の間から入り皮膚の間に住みつき瘤になる話が肥前の「甲子夜話」に伝えられており作者も影響を受けているのではないか思う。また佐賀では狐に憑かれることを「カゼを負う」といい、狐が、風邪と同義だったり、地方によっては吹く風(悪い風が吹くなどという)と同義だったりする例も、本作品の蟲に取り付かれると病気になったり凶作になる話とリンクしている。
 また、本作品では、蟲に取り付かれた者が嫌われているにも係らず、食物を分け与えるなど村全体で養護されており、これなども実際の狐持ちや犬神の話に通じるものがある。中国・四国地方ではこれらの血筋が、憑き物の能力により金持ちであったり、食うには困らないという話が伝わっており、忌み嫌われながらも時に婚姻を結ぶ者もおり、且つ、一度、その家に憎まれると犬神などを憑けられてしまうため邪険にはできないという話が伝わっている。もっともそれは家筋の者が意識的に憑けているのではなく犬神自身の意志によるところが、クダなどと異なるところで、本作品の蟲もこれに近い。言わば、知能をもち、取り付いている人と半独立・半従属の共生(寄生)関係にある。
当作品がこうした狐などをモチーフとしながらもあえて河童など実際の妖怪をモデルにしなかったことが非常に目新しい。そんな蟲の発想の一つに”粘菌”があるらしい(作者が話の合間に中国に取材に行ったことを書いている)。
「菌類と原虫類の性質を備える植物界の一門。胞子は発芽してアメーバ状細胞を生じ、集合して運動性のある変形体となり、のちに胞子嚢(のう)または子実体を作る。ムラサキホコリカビ・ツノホコリカビなど。変形菌」(goo辞書より)
1985年に対馬で河童らしき生物が目撃され、更に足跡が発見された事件で、日本テレビ「特命リサーチ 200X!」では、足跡の分泌物から移動性の大型粘菌ではないかと推理していた。本作品の蟲もそんな植物と動物の性質を合わせもった生物からヒントを得ているようだ。特に床下から子供が生えてくる話などはキノコを彷彿とさせる
また繭の話で出てきたように土着の農耕神にも着想を得ているようだ。遠野に行った時、養蚕の神様であり家の神でもあるオシラサマを祀った曲がり家(家の中央に馬屋がある)を見学したが、暗い奥座敷に無数のオシラサマの人形が祀ってある様子は、なんともいえない異形空間での畏怖体験であった。山の神の話など、蟲が単なる恐ろしい下等な妖怪ではなく、粗末にすれば祟られもするが大事にすれば幸福をもたらしてくれる、人間より格上の神に近い存在としたことが当作品をより新機軸、且つ崇高なものにしている。
<参考文献>

日本民俗学概論

日本民俗学概論

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 1983/01
  • メディア: 単行本


サムライガン 2 (2)

サムライガン 2 (2)

  • 作者: 熊谷 カズヒロ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1998/12
  • メディア: コミック


妖怪ハンター 天の巻

妖怪ハンター 天の巻

  • 作者: 諸星 大二郎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2005/11/18
  • メディア: 文庫


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コメント 2

Flying Dog(さまよえる犬)

さるさんリキ入ってますね〜。こうなったら民俗妖怪作家になってくだせい。
by Flying Dog(さまよえる犬) (2006-04-08 23:24) 

はなれざる

コメントありがとうございます。
いや、お恥ずかしい限りです。ネタを仕入れに何処か遠くに行きたいです。
by はなれざる (2006-04-09 21:37) 

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